誹謗中傷と発信者情報開示の判断ポイント

SNSや匿名掲示板(マンションコミュニティ等)の投稿に対する発信者情報開示請求について、開示が認められた判例(89308・89839・95097)と棄却された判例(90499・92201)を判決原文の比較表で整理し、同定可能性・事実摘示と論評・違法性阻却事由の判断軸を解説します。

3分でわかるポイント

  • 同じ不動産関連企業への批判投稿でも、具体的な虚偽中傷で違法性阻却事由がない場合は開示認容(89308)、別投稿のハッシュタグ頼みで同定可能性を欠き報道等がある場合は開示棄却(90499)と結論が分かれる
  • プロバイダ責任制限法上の「権利侵害の明白性」が認められるには、社会的評価の低下だけでなく、違法性阻却事由(公共性・公益目的・真実性)をうかがわせる事情がないことの立証が必要
  • 引用ツイートや別日のハッシュタグを組み合わせないと対象者が分からない投稿は、一般閲覧者基準での「同定可能性」が否定されやすい

原文照合済み判例の比較表(発信者情報開示・賠償が認められた判例 vs 棄却された判例)

SNSや匿名掲示板での誹謗中傷に対する発信者情報開示請求では、「一般の閲覧者を基準として原告を指すと特定(同定)できるか」「事実の摘示か意見・論評か」「違法性阻却事由(真実性・公益性)の存在をうかがわせる事情がないといえるか」の3点で結論が分かれます。

判例(裁判所PDF)媒体・投稿内容結論結論を分けた要素(同定可能性・事実摘示・違法性阻却事由の有無)結論が逆の判例
東京地裁 令2.1.29(/case/89308) 裁判所PDF掲示板「マンションコミュニティ」・不動産会社および代表者に対する誹謗中傷投稿(経由プロバイダへの開示請求)原告勝訴(発信者情報開示認容)スレッドの文脈から原告会社・個人を対象とする投稿と同定でき、社会的評価を低下させる具体的事実の摘示であって違法性阻却事由をうかがわせる事情もないため「権利侵害の明白性」を認定東京地裁 令3.7.7(/case/90499) / 東京地裁 令5.7.27(/case/92201)
東京地裁 令3.7.7(/case/90499) 裁判所PDFツイッター(SNS)・不動産ホステル投資会社に対する「#ホステル投資詐欺」等の引用投稿・プロフィール画像(経由プロバイダへの開示請求)原告敗訴(開示請求をすべて棄却)対象ツイート自体に原告名がなく、別日の「#建築 #商売」等のハッシュタグから一般閲覧者が原告と同定するとは認められない。また投資トラブル報道や弁護士受任通知が存在する一方、虚偽と示す的確な証拠がなく違法性阻却事由を否定できないとして明白性を否定東京地裁 令2.1.29(/case/89308) / 東京地裁 令2.9.24(/case/89839)
東京地裁 令2.9.24(/case/89839) 裁判所PDFインターネット上の投稿による名誉毀損・権利侵害(発信者情報開示請求)原告勝訴(発信者情報開示認容)投稿内容が原告の社会的評価を低下させる事実摘示であり、違法性阻却事由の存在をうかがわせる事情もないとして開示請求を認容東京地裁 令3.7.7(/case/90499)
東京地裁 令7.11.27(/case/95097) 裁判所PDFSNS(X/旧Twitter)上の誹謗中傷投稿に対する損害賠償請求原告一部勝訴(慰謝料・調査費用一部認容)発信者特定後の損害賠償請求において、社会的評価の低下および発信者特定に要した調査費用の相当因果関係を認定東京地裁 令5.7.27(/case/92201)
東京地裁 令5.7.27(/case/92201) 裁判所PDFインターネット上の批判・論評投稿を巡る請求原告敗訴(請求棄却)記載内容の文脈や論評としての性質から、違法な権利侵害の成立を否定東京地裁 令2.1.29(/case/89308) / 東京地裁 令7.11.27(/case/95097)

開示認容(89308)と開示棄却(90499)を分けた判断軸

同じ不動産関連事業者がインターネット上の投稿に対して発信者情報開示を求めた事案でも、掲示板「マンションコミュニティ」の投稿を対象とした東京地裁 令2.1.29(/case/89308)では開示が命じられ、ツイッター上の引用投稿を対象とした東京地裁 令3.7.7(/case/90499)では棄却されました。判決原文から確認できる分岐点は以下の3点です。

  • **1. 一般閲覧者を基準とした「同定可能性」**: 東京地裁 令3.7.7(/case/90499)では、対象ツイート自体に原告の会社名が記載されておらず、1週間以上前の別ツイートにある「社長のT口」「#建築 #商売」というハッシュタグや孫引用元のハッシュタグをたどらなければ会社名が分からない構造でした。裁判所は、一般の閲覧者がタイムライン上の過去のハッシュタグと結びつけて読むとは限らず、「#建築 #商売」も一般名詞の並列に見えるとして同定可能性を否定しました。一方、東京地裁 令2.1.29(/case/89308)のように特定の企業・物件スレッド内で対象が明確な投稿では同定可能性が認められます。
  • **2. 違法性阻却事由(報道・受任通知等)と虚偽立証の水準**: 開示請求では原告側が「違法性阻却事由(公共性・公益目的・真実性)の存在をうかがわせる事情がないこと」まで主張立証する必要があります。東京地裁 令3.7.7(/case/90499)では、投資トラブルに関するテレビ報道やネット記事、被害救済弁護士の受任通知が現に存在していたのに対し、原告が提出した証拠が「満室時想定」の計算表1枚にとどまったため、真実性の抗弁をうかがわせる事情を否定できないと判断されました。
  • **3. アイコン・プロフィール画像の著作権帰属の立証**: 名誉毀損と併せてプロフィール画像の著作権侵害を主張する場合、東京地裁 令3.7.7(/case/90499)が指摘するとおり、外注カメラマンとの間で「使用肖像権」ではなく「著作権(翻案権を含む)」が譲渡されたことを示す客観的な契約証拠が不可欠です。

実務チェックリスト

被害を受けた人向け

  • ☑ 投稿URL・表示日時・画面全体のスクリーンショットを残す
  • ☑ 削除前に投稿IDやアカウント情報を控える

投稿者・運営向け

  • ☐ 事実摘示と意見論評の違いを整理して対応する
  • ☐ 削除・保存要請への対応ログを残す

よくある質問

アカウント名が伏せられていても開示できるのか?

周辺事情から本人が推知できるなら、同定可能性が認められる余地がある。

意見や論評なら責任を免れるのか?

前提事実の真実性や表現の相当性が欠けると、違法とされることがある。

関連判例

  1. ネットで中傷された不動産会社らが、通信事業者に対し投稿者の情報の開示を求めた事案
    2019-12-11 / 原告勝訴

    インターネット掲示板に誹謗中傷を書き込まれた不動産会社と経営者が、投稿者を特定するためにプロバイダを訴えた事案です。裁判所は権利侵害の事実を認め、情報の開示を命じました。

  2. 不動産・ホステル投資会社がSNS上の「投資詐欺」引用投稿に対し発信者情報開示を求めたが、同定可能性と権利侵害の明白性が否定され棄却された事例
    2021-07-07 / 原告敗訴

    ホステル事業への投資勧誘を行う株式会社(株式会社建築商売)が、ツイッター上で「#ホステル投資詐欺」「儲かったのはその業者のみです」等と記載した引用ツイートおよび元従業員の肖像写真をトリミングしたプロフィール画像について、名誉毀損および著作権・著作者人格権侵害を主張し、経由プロバイダ(ソフトバンク)に発信者情報開示を求めた事案です。東京地方裁判所は、(1)プロフィール画像については撮影者から原告への著作権譲渡を認める客観的証拠がない、(2)各ツイートには原告の名称がなく、同一タイムライン上の別ツイートや孫引用ツイートのハッシュタグ(「#建築 #商売」等)から一般の閲覧者が原告を対象と認識(同定)するとは認められない、(3)仮に社会的評価を低下させるとしても、テレビ報道やネット記事、被害救済弁護士の受任通知が存在する一方で虚偽と示す的確な証拠がなく、公共の利害・公益目的に出た真実性の抗弁をうかがわせる事情があるため「権利侵害の明白性」は認められないとして、開示請求を棄却しました。

  3. 通販会社「北の達人」が、虚偽の比較記事を書いた投稿者の特定を求めた裁判
    2020-11-10 / 原告勝訴

    自社の美容液と他社製品を比較し、事実と異なる高額な価格設定などを掲載したウェブサイトの投稿者を特定するため、サーバー運営会社に対して情報の開示を認めた事例です。

  4. 【SNS名誉毀損】公人の投稿責任とプライバシー侵害:リポストでも賠償命令
    2025-10-24 / 原告一部勝訴

    在日コリアンである原告が、市議会議員である被告によるXへの一連の投稿により名誉毀損、プライバシー権侵害、肖像権侵害を受けたとして訴えた事案。裁判所は、投稿が公益目的とは認められず、原告の社会的評価を低下させると認定し、55万円の支払と一部投稿の削除を命じました。

  5. 大学教授らが国会議員のSNS投稿を訴えた裁判で、一部の名誉感情侵害を認め賠償を命令
    2023-05-30 / 原告一部勝訴

    大学教授らが、国会議員のSNSやインターネット番組での発言により名誉を傷つけられたとして提訴した事案です。一審の請求棄却に対し、控訴審では一部の投稿について原告1名への名誉感情の侵害を認め、賠償金の支払いを命じました。