畳や襖の「自然損耗負担条項」を消費者契約法10条で無効とし、退去立会署名も合意否定して敷金全額返還を認めた事例
賃貸マンションを約8年間使用して退去した借主が敷金13万6000円の返還を求め、貸主が畳・襖・壁等の原状回復費用18万0390円との相殺および差額4万4390円の支払いを反訴請求した事案です。東京簡易裁判所は、(1)平成14年3月の更新契約における自然損耗負担条項は、借主に適切な見積情報が提供されないまま賃料と二重の負担を課すもので消費者契約法10条により無効、(2)退去時の「引渡立会負担区分合意書」への署名も、署名時に負担者欄の丸印が記載されておらず費用負担の合意とは認められない、(3)壁等のカビも居抜き入居や…
基本情報
- 判決結果
- 原告勝訴
- カテゴリ
- 不動産トラブル
- 裁判所
- 東京簡易裁判所民事第8室少額訴訟係
- 判決日
- 2005-11-29
裁判所・判決日: 東京簡易裁判所民事第8室少額訴訟係 / 2005-11-29
判決結果: 原告勝訴
カテゴリ: 不動産トラブル
主な争点
- 原状回復特約の有効性 - 賃貸借契約に付された原状回復の特約が消費者契約法に違反するか否か
- 通常損耗と賃借人責任の区別 - 賃貸借契約終了時において、建物の損耗が通常損耗であるか、賃借人の責に帰すべきものであるかの区別が争点となった
- 敷金と修繕費用の充当 - 賃貸人が敷金を返還せず、修繕費用を充当することの正当性が争点となった
- 原状回復義務の範囲 - 借主の原状回復義務の程度と敷金からの控除適否が争点。
裁判所の判断ロジック
- 自然損耗負担条項の消費者契約法10条該当性: 畳・襖・壁等の自然損耗の原状回復費用を借主に負担させる合意は、賃料を受領しながら二重の負担を強いるもので、想定内容や見積情報の提供もないまま借主の利益を一方的に害するため、消費者契約法10条に該当し無効である。
- 退去時の「引渡立会負担区分合意書」署名の効力否定: 明渡完了の確認として求められ署名した際、負担者欄の負担者を示す丸印は記載されておらず、修繕費用を負担する趣旨で署名したものではないから、費用負担の合意が成立したとは認められない。
- 居抜き入居・構造上の通気不足とカビ汚損の評価: 改装工事のない居抜き状態で入居し当初から多少のカビがあり、南北にしか通気がない構造や建物老朽化の影響で8年間の使用によりカビが広がったもので、借主の故意・過失や通常使用を超える損傷とは推認できない。
時系列
- 1996/03頃 - 賃貸借契約の締結(居抜き状態で入居)
原告が前貸主との間で本件居室の賃貸借契約を締結し、敷金13万6000円を預け入れた。
- 2002/03/01 - 最終の更新契約締結
消費者契約法施行後に更新契約を締結(その後平成16年3月1日に法定更新、同年7月22日に被告が賃貸人地位を承継)。
- 2004/09/22 - 退去立会いと合意書への署名
明渡しに際し、負担者欄の丸印がない状態で「引渡立会負担区分合意書」に署名。翌日明渡し完了。
- 2005/11/29 - 東京簡易裁判所判決(原告本訴全面勝訴・反訴棄却)
自然損耗負担合意を消費者契約法10条で無効、退去時署名による合意も不成立とし、敷金13万6000円全額の返還を命じた。
実務上の学び
- 更新契約の自然損耗負担条項への消費者契約法10条の適用: 畳・襖・壁・床等の汚損破損を借主負担とする条項であっても、自然損耗分の想定内容や費用見積もりの情報が適切に提供されていない場合は、消費者契約法10条により無効と判断されます。
- 退去立会い時の書類に署名していても負担合意が否定される場合: 「引渡立会負担区分合意書」に署名があっても、署名時点で負担区分(丸印等)が空欄であり、明渡し完了確認として署名を求められたにすぎない場合は、費用負担の合意として認められません。
- 入居時の状態(居抜き)や建物構造・老朽化とカビの責任: 退去時に壁等のカビが確認されても、入居時に改装工事がなかったことや通気構造・建物の老朽化が原因である場合は、借主の故意・過失による毀損とは認められません。
よくある質問
被告(貸主)は、原告が負担すべき原状回復費用および反訴請求額についてどのように主張しましたか?
(1) 原告とA株式会社間の上記1の更新契約においては,原告が本件居室内の汚 損や破損による損害を賠償する義務を負うことが約され,また,原被告間には, 平成16年9月22日,原状回復(修繕)に関する費用負担の合意があるから,こ れらの合意に基づいて原告が負担することになった原状回復費用18万0390円 を敷金から控除すると,原告に返還すべき敷金はない。 (2) 原告の被告に対する敷金を控除した原状回復費用残額4万4390円及びこれ に対する遅延損害金の支払請求。
賃貸期間中の自然損耗等の原状回復費用を借主に負担させることについて、裁判所はなぜ信義則に反すると判断しましたか?
しかし,貸主において使用の対価である賃料を受領しながら,賃貸 期間中の自然損耗等の原状回復費用を借主に負担させることは,借主に二重の負 担を強いることになり,貸主に不当な利得を生じさせる一方,借主には不利益であ り,信義則に反する。そして,上記第5条の合意は,原状回復の内容をどのように想 定し,費用をどのように見積もるのか,とりわけ,自然損耗等に係る原状回復につ いてどのように想定し,費用をどのように見積もるのか,借主に適切な情報が提供 されておらず,貸主が汚損,破損,あるいは回復費用を要すると判断した場合に は,借主に関与の余地なく原状回復費用が発生する態様となっている。このよう に,借主に必要な情報が与えられず,自己に不利益であることが認識できないまま された合意は,借主に一方的に不利益であり,この意味でも信義則に反するといえ る。
自然損耗等についての原状回復義務を借主が負担するとの合意部分は、消費者契約法上どのように判断されましたか?
そうすると,自然損耗等についての原状回復義務を借主が負担するとの合意部 分は,民法の任意規定の適用による場合に比べ,借主の義務を加重し,信義則に 反して借主の利益を一方的に害しており,消費者契約法10条に該当し,無効であ る。
被告が提出した「引渡立会負担区分合意書」について、裁判所はなぜ費用負担の合意を認めませんでしたか?
2 被告は,原告との間で原状回復(修繕)に関する費用負担の合意がされたとして, 引渡立会負担区分合意書(乙1)を提出するが,原告は,被告代表者から明渡しが 完了したので署名して欲しいと求められたので署名したものであり,その際,負担者 欄の負担者を示す丸印は記載されていなかったし,修繕費用を負担する趣旨で署 名したものではない旨供述する。そうすると,被告代表者の供述及び合意書から, 原告が被告との間で費用負担の合意をしたと認めることはできず,他に合意をした と認めるに足りる証拠はない。
明渡し時に壁等がカビ等で汚損されていた事実について、裁判所は原告の故意・過失をどのように判断しましたか?
しかし,他方,原告本人の供述及び陳述書(甲4)によれば,原告は,賃借す る際に,改装工事もなく前借主が使用していた状態,いわゆる居抜きの状態で入居 したものであり,入居当初から多少のカビが生えていたところ,南北にしか通気がな く風通しも十分でない構造も影響して,その後改装工事もなされないまま8年間使 用し続けてきた結果,カビが広がったものである事実を認めることができるし,ま た,通知書(甲7)によれば,原告は,前貸主A株式会社から更新時期の前である平 成15年10月ころ,本件建物の老朽化を理由に平成16年12月までに明け渡すよ うに求められていた事実も認めることができるから,これらの事実に照らして考える と,前記カビ等で汚損している事実から原告の故意又は過失による毀損,あるいは 通常使用を超える使用方法による損傷と推認することはできず,他に原告の故意 過失等によって損傷を与えたとする事実を認めるに足りる証拠はない。
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結論が分かれる判例
- 市営住宅の元入居者が畳やふすまの修繕費負担を巡り敷金返還を求めた事例
反対結論(原告敗訴)。市営住宅では条例・事務取扱要領・請書および金額明記の「空き家補修費調書」への記名押印により、畳表替・襖張替費の入居者負担を認めた。
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判決文抜粋
- 1 被告(反訴原告)は,原告(反訴被告)に対し,13万6000円及びこれに対する平 成16年11月1日から支払済みまで年5分の割合による金員を支払え。 2 被告(反訴原告)の反訴請求を棄却する。
- (1) 原告とA株式会社間の上記1の更新契約においては,原告が本件居室内の汚 損や破損による損害を賠償する義務を負うことが約され,また,原被告間には, 平成16年9月22日,原状回復(修繕)に関する費用負担の合意があるから,こ れらの合意に基づいて原告が負担することになった原状回復費用18万0390円 を敷金から控除すると,原告に返還すべき敷金はない。
- しかし,貸主において使用の対価である賃料を受領しながら,賃貸 期間中の自然損耗等の原状回復費用を借主に負担させることは,借主に二重の負 担を強いることになり,貸主に不当な利得を生じさせる一方,借主には不利益であ り,信義則に反する。
- このよう に,借主に必要な情報が与えられず,自己に不利益であることが認識できないまま された合意は,借主に一方的に不利益であり,この意味でも信義則に反するといえ る。そうすると,自然損耗等についての原状回復義務を借主が負担するとの合意部 分は,民法の任意規定の適用による場合に比べ,借主の義務を加重し,信義則に 反して借主の利益を一方的に害しており,消費者契約法10条に該当し,無効であ る。
- 2 被告は,原告との間で原状回復(修繕)に関する費用負担の合意がされたとして, 引渡立会負担区分合意書(乙1)を提出するが,原告は,被告代表者から明渡しが 完了したので署名して欲しいと求められたので署名したものであり,その際,負担者 欄の負担者を示す丸印は記載されていなかったし,修繕費用を負担する趣旨で署 名したものではない旨供述する。そうすると,被告代表者の供述及び合意書から, 原告が被告との間で費用負担の合意をしたと認めることはできず,他に合意をした と認めるに足りる証…
- しかし,他方,原告本人の供述及び陳述書(甲4)によれば,原告は,賃借す る際に,改装工事もなく前借主が使用していた状態,いわゆる居抜きの状態で入居 したものであり,入居当初から多少のカビが生えていたところ,南北にしか通気がな く風通しも十分でない構造も影響して,その後改装工事もなされないまま8年間使 用し続けてきた結果,カビが広がったものである事実を認めることができるし,ま た,通知書(甲7)によれば,原告は,前貸主A株式会社から更新時期の前である平 成15年10月ころ,本…