建物の根抵当権者が、オーナーと賃借人の「賃料の相殺約束」を覆して勝利した判決

建物のオーナーにお金を貸していた賃借人が「賃料と借金を相殺する」という約束をオーナーと交わしましたが、その後に建物の抵当権者が賃料を差し押さえました。抵当権の登記が先だったため、最高裁は抵当権者の差し押さえが優先されるという最終判断を下しました。

基本情報

判決結果
原告勝訴
カテゴリ
消費者トラブル
裁判所
最高裁判所第二小法廷
判決日
2023-11-27

裁判所・判決日: 最高裁判所第二小法廷 / 2023-11-27

判決結果: 原告勝訴

カテゴリ: 消費者トラブル

主な争点

  • 抵当権設定登記後の相殺合意の効力と抵当権者への対抗可否 - 抵当権設定登記がされた後に、賃貸人と賃借人が「将来の賃料債権と既存の債権を相殺する」という合意(相殺合意)を締結した場合、その効力を物上代位権を行使した抵当権者に対抗できるか。
  • 自働債権の発生時期が登記前であることの影響 - 相殺の自働債権(賃借人が賃貸人に対して持っていた貸付金等の債権)が、抵当権設定登記よりも前に発生していた場合、その後の相殺合意の効力に影響を与えるか。
  • 将来賃料債権に対する期限の利益放棄と相殺の有効性 - 賃貸人と賃借人が将来の賃料について期限の利益を放棄し、一括して相殺を成立させた場合、その効力は差し押さえを行った抵当権者を拘束するか。

裁判所の判断ロジック

  • 抵当権の登記と優先性: 抵当権の登記がされた後に、賃貸人と賃借人が将来の賃料を他の債権と相殺する合意をしても、抵当権者は物上代位権に基づき、その合意に縛られず賃料を差し押さえることができます。
  • 担保価値の不当な侵害: 賃料債権は抵当不動産の担保価値を構成する重要な要素であるため、当事者間の合意によって後から賃料を消滅させることは、抵当権者の正当な利益を侵害するものと判断されました。

時系列

  1. 2017/01 - 建物の賃貸借契約の締結

    賃貸人(日本プランニング社)と借り手(被上告人)の間で、本件建物の賃貸借契約が締結されました。同年10月に建物が引き渡されました。

  2. 2017/10/26 - 建物への根抵当権の設定登記

    上告人(抵当権者)のために、本件建物に対して極度額4億7400万円の根抵当権が設定され、その登記が完了しました。

  3. 2017/11 - 賃貸人による連帯保証の実施

    賃貸人が、借り手に対して負っていた別会社の債務などを連帯保証しました。これにより、借り手は賃貸人に対して金銭債権を持つことになりました。

  4. 2019/01/15 - 将来の賃料と貸付金等の相殺合意

    賃貸人と借り手が、将来発生する賃料(合計4980万円分)と、借り手が賃貸人に対して持っていた貸付金や保証債務に係る債権を対当額で相殺することを合意しました。

  5. 2019/08/14 - 抵当権者による賃料債権の差し押さえ

    根抵当権者である上告人が、物上代位権の行使として賃料債権の差し押さえを申し立て、借り手に差し押さえ命令が送達されました。

  6. 2021/05/19 - 差し押さえ後の支払いと争いの発生

    借り手は、相殺合意の効力を主張し、合意分を差し引いた残額(1210万円)のみを上告人に支払いました。上告人は相殺合意は対抗できないとして、残りの賃料の支払いを求めました。

  7. 2023/11/27 - 最高裁判所による判決

    最高裁は、抵当権設定登記の後にされた賃料相殺の合意は、抵当権者に対抗できないと判断。原判決を破棄し、借り手に対し2790万円の支払いを命じました。

実務上の学び

  • 賃貸物件の登記簿を確認する習慣を: 物件を借りる際や賃貸人と金銭のやり取りをする際は、登記簿謄本で「抵当権」などの設定がないか確認しましょう。抵当権が設定されている場合、将来的に賃料が差し押さえられるリスクを常に考慮する必要があります。
  • 賃料との相殺合意には注意が必要: 「大家さんへの貸付金と家賃を相殺する」という合意を交わしても、先に登記された抵当権がある場合、後から行われた差し押さえに対してその相殺の有効性を主張できない可能性があることを理解しておきましょう。
  • 権利の優先順位を把握する: 不動産に関する権利には優先順位があります。抵当権の設定登記が、賃借人と賃貸人の間の相殺合意よりも先になされている場合、抵当権者(銀行など)の物上代位による差し押さえが優先されるというルールが示されています。
  • 大家さんへの貸付けは慎重に判断する: 賃料で回収することを前提に賃貸人へお金を貸したり連帯保証を引き受けたりする場合、物件に担保権がついていると、予定通りに賃料と相殺して回収することが困難になる事態が起こり得ます。

よくある質問

本件は、どのような請求をする訴訟ですか。

建物の根抵当権者であり、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえた上告人が、賃借人である被上告人に対し、当該賃料債権のうち2790万円の支払を求める取立訴訟である。

本件建物の根抵当権は、いつ設定・登記されましたか。

本件賃貸人は、平成29年10月26日、上告人のために、本件建物について極度額を4億7400万円とする根抵当権(以下「本件根抵当権」という。)を設定し、その旨の登記をした。

被上告人と賃貸人との間で行われた「本件相殺合意」の内容はどのようなものですか。

本件賃貸借契約における同年4月分から平成32年(令和2年)1月分までの賃料の全額1980万円及び同年2月分から平成34年(令和4年)2月分までの賃料のうち3000万円(各月120万円)の合計4980万円の債務について、期限の利益を放棄した上で、この債務に係る債権(以下「本件賃料債権」という。)を本件各被上告人債権と対当額で相殺する旨の合意

上告人が物上代位権の行使として差し押さえたのは、どのような債権ですか。

本件賃貸借契約に係る賃料債権のうち、差押命令の送達時に支払期にある分以降4000万円に満つるまでの部分

本件差押命令が被上告人に送達されたのはいつですか。

同月9日、差押命令(以下「本件差押命令」という。)が発せられ、同月14日、被上告人に送達され、同年12月9日、本件賃貸人に送達された

判決文抜粋

  • 原判決を破棄し、第1審判決を取り消す。被上告人(賃借人)は、上告人(根抵当権者)に対し、2790万円を支払え。訴訟の総費用は、被上告人の負担とする。
  • 建物の根抵当権者であり、物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえた上告人が、賃借人である被上告人に対し、当該賃料債権の支払を求めた取立訴訟である。賃借人が、差押え前に行った賃貸人との相殺合意を根抵当権者に対抗できるかが争点となった。
  • 物上代位により抵当権の効力が賃料債権に及ぶことは登記によって公示されている。抵当権設定登記の後に取得した賃貸人に対する債権を将来賃料債権と相殺することに対する賃借人の期待が、抵当権の効力に優先して保護されるべきであるということはできない。
  • 抵当不動産の賃借人は、抵当権者が物上代位権を行使して賃料債権を差し押さえる前に、賃貸人との間で、登記後取得債権と将来賃料債権を直ちに対当額で相殺する旨の合意をしたとしても、当該合意の効力を抵当権者に対抗することはできないと解するのが相当である。
  • 本件相殺合意により将来賃料債権と対当額で消滅することとなる対象債権は、本件根抵当権の設定登記の後に取得された債権である。したがって、被上告人は、物上代位権を行使して将来賃料債権を差し押さえた上告人に対し、相殺合意の効力を対抗することはできない。
  • 将来賃料債権(2790万円)の支払を求める上告人の請求は理由がある。これと異なる判断をした原審の判断には法令の違反があるため、原判決を破棄し、上告人の請求を認容すべきである。

判決文PDF(出典)